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COPDとは言えないPRISm(=一秒率正常かつ一秒量低下)を疾患として認めるべきか(AJRCCM誌より日本人データ)

[2022.11.06]

日本呼吸器学会のCOPDガイドラインでは、COPDの診断基準として「気管支拡張薬吸入後のスパイロメトリーで一秒率(FEV1/FVC)が70%未満」が必要条件として挙げられています。これは、COPDの世界ガイドラインと言えるGOLD(Global Initiative on Obstructive Lung Disease)を採用したものです。この診断基準は、年齢にかかわらず一秒率が70%未満、という単純明快な数値を設けているのが特徴です。(下記ブログ記事参照)

慢性閉塞性肺疾患(COPD)の有病率はGOLD基準で10.3%(3.9億人)、LLN(正常下限値)基準で7.6%(2.9億人)(Lancet Resp Med誌より)(2022.04.03更新)

一秒量(FEV1)と努力肺活量(FVC)が同時に低下している場合は、肺機能が低下している可能性があるにもかかわらず、FEV1/FVCは正常になってしまいます。このような肺機能パターンとしてpreserved ratio impaired spirometry(PRISm)という概念が、最近提唱されるようになりました。PRISmの患者はCOPDの基準を満たさないため、見落とされている可能性があります。しかしPRISmを持つ参加者は、肺機能が正常な参加者に比べて気流制限(Airflow limitation :AFL)の発生率が高く、死亡率が高いことが欧米の研究で示されています。

今回紹介する論文では、日本人の肺機能データをもとに、正常肺機能とPRISmの参加者、COPD患者のその後の約5年間の経過をみています。

医学研究の評価項目において最もわかりやすく信頼性が高い項目は生存率ですが、上のグラフで示されたように、PRISmは軽症のCOPDより5年後の生存率が有意に低下していました。

2022年現在、PRISmに関する診療や管理ガイドラインは存在しません。しかし、実際の臨床現場において、PRISmを示し呼吸器症状をもつ患者は、喘息や慢性閉塞性肺疾患として臨床的に診断を受け、非閉塞性呼吸器疾患における吸入薬の有効性を示す証拠がないにもかかわらず、吸入薬が使用されているものと思われます。喫煙だけではなく、肥満などもPRISmの病因に関連があるといわれ、PRISmの発症や進行、治療に役立つような病態生理学的理解や研究がもっと必要と考えられます。

 

Risks of Mortality and Airflow Limitation in Japanese Individuals with Preserved Ratio Impaired Spirometry

日本人のPRISm(一秒率正常一秒量低下)における死亡と気流制限の危険性

Am J Respir Crit Care Med. 2022 Sep 1;206(5):563-572.

DOI: 10.1164/rccm.202110-2302OC

概要

背景:欧米のいくつかの研究では、PRISm(preserved ratio impaired spirometry)を持つ参加者は、気流制限(AFL)と死亡のリスクが高いことが報告されている。しかし、東アジアの集団におけるエビデンスは限られている。

目的: 日本人集団におけるPRISmと死亡リスク、およびAFL発症リスクとの関係を検討すること。

方法: 40歳以上の日本人地域住民3,032人を対象に、中央値で5.3年間、年1回のスパイロメトリー検査による追跡調査を実施した。参加者はベースライン時に以下の肺機能カテゴリーに分類された:正常スパイロメトリー(FEV1/FVC>=0.70およびFEV1予測値>=80%)、PRISm(>=0.70および<80%)、AFL GOLD 1(<0.70および>=80%)、AFL GOLD 2-4(<0.70 および<80%)。ハザード比(HR)およびその95%信頼区間は、Cox比例ハザードモデルを用いて計算された。

測定方法と主な結果: 追跡期間中、131人が死亡し、うち22人が心血管疾患で死亡し、218人がAFLを発症した。ベースラインの肺機能カテゴリーごとに予後を調査すると、PRISmの参加者は、交絡因子調整後、スパイロメーターが正常な参加者に比べて、全死亡リスク(HR、2.20;95%信頼区間、1.35-3.59)および心血管死リスク(HR、4.07;1.07-15.42)が高かった。さらに、PRISmを有する参加者のAFL発症の多変量調整リスクは、正常なスパイロメトリーの参加者よりも大きかった(HR, 2.48; 1.83-3.36)。

結論: PRISmは、日本人コミュニティにおける全死亡および心血管系死亡のリスクが高く、AFLの発症リスクが高かった。

ひと目でわかる解説

本テーマに関する科学的知見

preserved ratio impaired spirometry(PRISm)の機能パターンは,FEV1とFVCが同時に低下する不均質な状態であり,一般に拘束性肺機能または正常肺機能に分類される。PRISmは、欧米の集団において、慢性閉塞性肺疾患の高い発症率および死亡率、特に心血管疾患による死亡率の上昇と関連している。しかし、欧米人とは生活習慣や体型が異なる東アジアの集団におけるPRISmと慢性閉塞性肺疾患の死亡・発症リスクとの関連は十分に解明されていない。

本研究がこの分野にもたらすもの

本研究は、東アジア人のサブグループとして、日本人集団におけるPRISmと全死亡および原因別死亡リスク、肺機能との関連を検討した初の縦断的研究である。その結果、PRISmを有する日本人参加者は、全死亡および心血管系死亡のリスクが高く、気流制限の発生率が高いことが確認された。これらの結果は、PRISmが欧米人だけでなく日本人の死亡率や肺機能障害のリスクに関連する、重要な臨床状態またはスパイロメトリーカテゴリーのサブタイプであることを示す最近の研究を支持するものである。

 

:院長 石本 修 (呼吸器専門医)

 

拙著「その息切れはCOPDです ―危ない「肺の隠れ慢性疾患」を治す!」はこちらから

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