予防と早期診断により、COPDなど肺疾患の世界的な増加に対処する(Lancet Resp Med誌の論評))
日本で「肺の日」と言えば、8月1日ですね(認知度低いと思いますが)。しかし、World Lung Day (世界肺の日)が9月25日であることを知っている人はほとんどいないと思います(私も知りませんでした)。
今回は、その「世界肺の日」に合わせて書かれた9月23日付Lancet Respiratory Medicine誌の論評を紹介します。
世界、特に低中所得国(途上国)において、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の増加が問題となっています。高所得国においてCOPDの原因は、タバコがほぼすべてといってもよいでしょう。しかし、低中所得国においては、大気汚染(屋外と屋内)がCOPDの原因として無視できなくなっています。
全世界で考えると、大気汚染が原因で亡くなる人が増加傾向にあることは本ブログでも紹介してきました。
サイレントキラーである大気汚染の問題に取り組む時がきた(Lancet Respir Med誌の論説より)(2021.11.07更新)
タバコや大気汚染などが、肺がんや喉頭がんの発生率や死亡率にどれぐらい影響するのか:世界疾病負荷調査2019(Lancet Resp Med誌)(2021.08.22更新)
大気中の一酸化炭素は日々の死亡率に影響を与える(LANCET Planetary Health誌より)(2021.04.18更新)
ヨーロッパの都市によって、大気汚染による早期死亡率が異なる(Lancet Planetary Health誌より)(2021.02.14更新)
論評の全翻訳に私の解説を少々加えて、紹介します。
予防と早期診断により、肺疾患の世界的な負担に対処する
Tackling the global burden of lung disease through prevention and early diagnosis
Alvar Agusti, Claus F Vogelmeier, David M G Halpin
Published:September 23, 2022
DOI:https://doi.org/10.1016/S2213-2600(22)00302-2
世界における死因のトップ6のうち3つが肺疾患である。つまり、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、下気道感染症、肺がんの3つである。肺疾患は、毎年760万人の命を奪うだけでなく、さらに多くの人に苦痛を与える症状や障害をもたらしている。「Global Burden of Disease Study 2017」では、呼吸器疾患による死亡率や健康損失に影響を与える重要な要因の一つは、その国の社会人口学的指数であることが確認された。9月25日の「世界肺の日」は、「すべての人に肺の健康を“Lung Health for All”」のスローガンのもと、特に低・中所得国(LMICs)における肺疾患による世界的な疾病負荷に注目し、早期発見と不平等解消の重要性を強調することを目的としている。「世界肺の日」は、「慢性閉塞性肺疾患グローバル・イニシアティブ(GOLD)」を含む約200の団体が支援する、肺の健康を擁護し、行動するためのイニシアチブである。「世界肺の日」は、呼吸器疾患に対してもっと効果的に対処することが可能であり、またそうすべきであると私たちに思い起こさせるものである。そのためには、一次予防と早期発見に重点を置き、症状を緩和し、病気の進行を抑制または停止させる治療法と管理戦略を開発する作業が緊急に必要とされている。
→世界の死因第1~6位のうち、その半分は肺疾患。厚生労働省のデータでは肺がんが悪性新生物の中に含まれており、はっきりした順位が分かりませんが、悪性新生物の中では肺がんが一位です。COPDは日本人男性の死因第8位です。
COPDは従来よりタバコによって自ら招く病気と考えられていたため、予防対策として喫煙の開始を抑制し、禁煙を奨励することに重点が置かれてきた。喫煙は依然としてCOPDの主要な危険因子であり、これらの公衆衛生対策が価値あるものであることは間違いないが、世界のCOPD患者の約3分の1は喫煙経験がなく、その他多くの環境因子(その多くは予防可能)や宿主因子が生涯における肺機能低下と関連していることが現在では分かっている。世界的に見ると、胎児期を含む生涯を通じて屋内外の大気汚染にさらされることが、COPDの重要な危険因子である。
→COPDは別名「タバコ病」と呼ばれます。しかし、低中所得国を含めた全世界でみると、大気汚染(屋内のかまどの煙を含む)が少なくないようです。また、胎児期の受動喫煙、大気汚染も関連があるといわれ、生まれてきた時にはすでに将来COPDになることが決まっている赤ちゃんもいるということになります。
これらの要因への曝露は、都市化の進展に伴い、ほとんどのLMICsで増加している。大気汚染だけで世界で300万人以上の早期死亡の原因になっていると推定され、この疾病負担の大部分はLMICsが占めている。 低レベル大気汚染物質は期間に関わらず、たとえ現在の年間規制値より低い濃度であっても、呼吸器疾患による死亡率の上昇と関連している。 屋内および屋外の空気汚染は、肺の発達に影響を与えるだけでなく、子どもの下気道感染症の重要な危険因子である。 いくつかのLMICs(バングラデシュ、インド、ネパールなど)では、家庭内の空気汚染を減らすことを目的とした取り組みの結果、2000年以降下気道感染症の有病率が減少した。しかし、屋内の空気汚染の減少による恩恵は、屋外空気汚染の増加により打ち消された国もある。COVID-19 パンデミック中に実施された介入が空気の質の改善につながり、死亡率は目に見えて減少した。呼吸器関連団体は、工場の燃焼源、自動車、家庭活動(例えば、固体燃料使用、ごみ焼き、作物焼き)を含むすべての空気汚染源を対象とした政策を引き続き求めなければならない。
→政府が動けば、介入によって病気を減らせるということです。
肺の成長不良は、出生前でも出生後でも、栄養不良や感染症が原因となることある。これらは貧困と関連があり、LMICsでは一般的である。肺の成長不良はCOPDにつながる可能性がある。 呼吸器関連団体は、WHOが提案するような母親の栄養改善や妊娠中の喫煙を減らす取り組みへの支援を呼びかけなければならない。簡単な栄養教育およびカウンセリングは、LMICsおよび高所得国における新生児の出生体重を増加させ未熟児を減少させ、その後の人生におけるもっと良い肺の健康につながると考えられる。呼吸器学会は医療従事者や政府と協力して、医療従事者が肺の健康の重要性を認識し、妊娠中の母親に対して禁煙のアドバイスや栄養教育・カウンセリングを提供できるようにする必要がある。医療サービスへのアクセスが悪い地方では、女性グループにもこれらの対策の重要性を教育する必要がある。
→妊婦の禁煙だけでなく、栄養指導をすることで、子供の将来の肺機能を守ることになるのです。妊婦の夫を禁煙させることの重要性について、本ブログでも紹介しました。
妊娠中の妻をもつ夫を禁煙させるには(JAMA誌の報告)(2021.07.11更新)
下気道感染症(ウイルス性、細菌性肺炎、結核を含む)は、COVID-19を考慮しない場合でも、世界で4番目に多い死因となっている。高所得国、低所得国のいずれにおいても下気道感染症は高頻度で発生しており、COPD患者の予後は更に悪いと言われている。適切なワクチン接種プログラムと合理的な抗菌薬の使用は、下気道感染症に関連する健康負荷を軽減するのに役立つ。同様に、現在のグローバル化を考えると、ワクチンが世界中で、特にLMICsで入手・使用されなければ、COVID-19のパンデミックに打ち勝つことはできない。肺がんは、世界におけるがん死亡の第1位である。低線量肺CTスキャンを用いたスクリーニング・プログラムにより、肺がんを早期に発見し、外科的治療を可能にし、全死亡率を低下させることができる。COPD患者は、一般集団の肺がん検診プログラムで使用される対象基準(例えば、高齢と喫煙)を満たすことが多い。それでも、COPD(特に肺気腫)は肺がんの独立危険因子であるため、COPD患者は肺がん検診をルーチンに受けるべきであろう。同様に、肺がん検診プログラムには、未診断のCOPD患者を特定するためにスパイロメトリーも含まれるべきである。
→未診断のCOPDを早期に発見し、CTを含めた肺がん検診を毎年受けるように指導すれば、肺がんの早期発見につながることは、拙著において述べさせて頂いております。
「その息切れはCOPDです ―危ない「肺の隠れ慢性疾患」を治す!」
生涯における肺機能の軌跡は様々であり、正常範囲を超えても超えなくても、健康状態の改善や悪化にそれぞれ関連することが示されている。特に、若年成人でも肺機能が低下していると、心血管疾患や代謝性疾患の有病率や発症率が高く、早期に死亡することが知られており、肺機能の発達不良が他の臓器の発達異常と関連していることが多いことが示唆されている。 このことは、COPDとそれに付随する疾患の予防、早期診断、治療の新たな機会につながる可能性がある。例えば、病気であるリスク(呼吸器系と非呼吸器系の両方)や、年齢とともに病気になるリスク、早期死亡のリスクを抱える若い人を特定できるため、スパイロメトリーは健康状態全体のマーカーとみなすことができる。学校、大学、運転免許取得時、雇用契約時、入隊時などの若年者(小児、青年、成人)の肺機能を日常的に測定すれば、呼吸器および非呼吸器の健康を監視するための簡単で非侵襲的、再現可能で安価な方法であり、社会に大きな利益をもたらすであろう。 遠隔医療を含む新しい技術は、スパイロメトリーの標準とその解釈を改善し、その普及を促進することにも役立つかもしれない。
→COPDは肺の病気ですが、COPD患者は心筋梗塞など心血管系疾患にもなりやすいのです。COPDを早期発見すれば、肺以外の病気の早期発見にもつながるのです。
併存疾患を理解することは、肺疾患の負担軽減を進展させるためにも不可欠である。COPDの特徴の中には、特定の併存疾患のリスクと明らかに関連しているものがある(例:肺気腫、肺癌)。あるいは、COPDの正確な診断を混乱させたり遅らせたりするかもしれない併存疾患(例:心不全と間質性肺疾患)や、全人的アプローチの一環として管理が必要な疾患(例:うつ病とCOPD)もある。これらの問題は、臨床ガイドラインで扱われなければならない。実際、治療可能な特性戦略(treatable traits strategy)は、慢性閉塞性肺疾患のためのグローバル・イニシアティブ(GOLD)ですでに採用されている。また、臨床試験デザインにおいても、併存疾患を考慮し、併存疾患を持つ患者が臨床試験から排除されないようにすることも極めて重要である。リアルワールド研究や実用的な無作為化試験への関心が高まっていることは、正しい方向への一歩と言えるだろう。
→Treatable traits strategy(治療可能な特徴に応じて治療方針を組み立てる)は、比較的最近になり提唱された概念です。COPD患者は肺気腫、肺がん、間質性肺炎、心疾患、うつ病など様々な病気を合併してきます。一口にCOPD患者といっても、ひとりひとり特徴をもっており、それに応じて個別で治療方針をたてる必要があります。製薬会社が主導して行う臨床試験は、合併症のある患者が登録されないデザインとなっているものがほとんどです。COPDしか持っていない患者のみを対象に開発された薬剤を、複数の合併症をもつCOPD患者に投与してもよいのか、個別に考えなければなりません。
特にLMICsにおいて、「すべての人に肺の健康」を達成するには、肺疾患の重要性に対する認識を政治家や医療従事者、一般市民において高めることにかかっている。空気汚染への曝露を減らし、妊娠中の母親の健康を改善するために、協調的な行動が必要である。スクリーニング・プログラムにより肺がんを早期に診断することが、より良い転帰となることが示されており、同じことがCOPDにも当てはまると思われる。COVID-19の流行によって、肺の健康の重要性が注目され、「世界肺の日」でそのメッセージを強調する機会が得られた。 いくつかのプロジェクトは、LMICsにおける肺疾患の負担を軽減するために、実用的なアプローチを示している。例えば、FRESH AIRイニシアチブの一環として、キルギスタンのビシュケクの学校にセンサーを設置して空気の質を測定し、大気汚染がひどいときには教室の窓を閉め切ることができるようにした。さらに、「ケアへの実践的アプローチ」キットは、十分なサービスを受けていない地域の医療従事者を支援することで、慢性肺疾患患者の管理を改善するモデルを提供している。
:院長 石本 修 (呼吸器専門医)