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低線量CTによる肺がん検診が、台湾人女性における肺がん診断の過剰につながった可能性(JAMA誌の報告)

[2022.02.13]

現在、日本では肺がん検診が40歳以上の方を対象に行われています。実施される検査は胸部X線撮影、喫煙者では喀痰細胞診が追加されることがあります。この検査が肺がん死亡率を減少させる効果が科学的に証明されているため、住民検診として日本で採用されています。肺がん検診を受けた集団は、受けなかった集団と比較して、肺がんで死亡する確率が低いというデータが根拠となっています。

このデータは、「肺がん検診を受ければ、肺がんが必ず見つかる」というわけではなく、「肺がん検診を受けて異常がなくても、肺がんになって死亡することがある」ということを意味しています。しかしながら、私を含め、肺がん検診を受ける人の気持ちは、「肺がんになりたくない」「肺がんを見つけたい」から検診を受けるのではないでしょうか。現状の肺がん検診がその気持ちに十分応えられているかは疑問です。

では、どうすればよいのか。CTはX線写真よりも小さな肺がんを見つけられます。CTは数ミリの肺がんを見つけることも可能であり、感度の高い検査法です。しかし、CTに限らず、高感度の検査には偽陽性という問題がついて回ります。本当は肺がんでなない数ミリの影を、肺がんの可能性がある/否定できないと判定してしまうことが少なくありません。

CTで見つけた肺の影に対して、徹底的に精密検査をするのかしないのか、という問題については以前の本ブログでも紹介しました。

偶発的に見つかった肺結節の診断をするために、検査を徹底的にしてもしなくても、その結果は同じなのか?(JAMA誌からの報告)

喫煙者に対してはCTによる肺がん検診が有用であるという大規模な研究結果は米欧で報告されて、すでに普及し始めています。

低線量CTによる肺がん検診は、喫煙者の肺がん死亡率を24%低下させる(NELSON試験)

今回は台湾からの報告ですが、非喫煙者の女性にCT検診はやるべきではないという意見を述べています。台湾では喫煙率の低い女性にもCT検診を勧める広告宣伝がなされており、これに警鐘を鳴らす形です。日本はここまでではないのですが、健康保険を使わない自費診療であれば何でも検査ができるという環境は日本も台湾も変わりません。やはり、自費診療でも科学的根拠に基づいた検査を行うという姿勢は倫理的に必要だと思います。

以下、本文を引用し、解説を加えます。

現在、台湾では低線量CT(LDCT)による肺がん検診は国民健康保険(NHI)の適用外だが、医療関係者や肺がん検診で命を救われたと考える著名人がNHIに肺がん検診を適用するよう要望している。台湾の病院や医師は医療サービスを直接宣伝することはできないが、LDCT検診はメディアや病院のホームページで宣伝されている。CT検診の価格は低く設定され(約150-230ドル)、特定のグループ(例:教師、消防士、中・低所得の女性、先住民)には無料の慈善事業として提供されてきた。病院はその後のフォローアップ検査、生検、NHIが適用される外科的処置から収入を得ている。

➡台湾では、日本と同じように低線量CTによる肺がん検診は健康保険が利かず、自費診療のようです。著名人の経験に影響を受けやすいのは台湾も日本も同じで、著名人が低線量CTで救われたと、健康保険でCT検診ができるように要望したようです。

LDCTのプロモーションでは、台湾の女性がよく登場する(下図)。高精度CTスキャナーに入る若い女性の画像には、ドラマチックな言葉が添えられている。

「末期の肺がんによる突然死という悲劇を、スター(有名人)のように回避しましょう。LDCTをやったことがない人、特に女性は今すぐやるべきだ。」「女性は遺伝的にもろく、病気の細胞を簡単に修復できないので、定期的にチェックすべきです。」

➡台湾の女性はほとんどタバコを吸わず、女性の喫煙率は1980年以降ずっと5%未満なのに、女性をターゲットにしたCT検診の宣伝が目立つようです。ここは日本とは異なるようで、高リスクの人にCTを勧めるべきかと思います。

 

約1200万人の女性人口において、2004年から2018年にかけて57,898人の女性が肺がんと診断された(診断時年齢の中央値は68歳から65歳へと低下)。台湾の女性にLDCT検診が導入された後、早期肺がんの割合が予想通り増加していた。2004年から2018年にかけて、0~I期肺がんの発生率は、人口10万人あたり2.3人から14.4人へと6倍以上に増加した。II~IV期の肺がんの発生率は、2004年から2018年にかけて、人口10万人あたり18.7人から19.3人と変化はなかった。

➡低線量CTによる肺がん検診が普及すると、早期の肺がんが見つかりやすくなり、肺がんの発生率が増加することが予想されます。早期肺がんが増加した分、進行期の肺がんが減少してくれることを期待するのですが、台湾では今のところそうはなっていないようです。

 

肺がん診断後の5年生存率には劇的な変化があり、2004年の18%から2013年の40%へと2倍以上になった。下図に示すように、高所得国の女性における肺がん生存率は、経年的に緩やかな増加傾向がある。しかし、台湾では、21世紀初めには女性の5年生存率は高所得国の中で中位に位置していたが、約10年の間に、台湾は間違いなく世界で最も高い肺がん生存率を達成した。

➡進行期の肺がんが減少していないのに、なぜか肺がんの5年生存率は改善しています。著者らは、5年生存率が改善した理由として次のように考察しています。

生存率の向上は検診の成功の証拠とされることが多いが、生存率統計は過剰診断によってバイアスが生じる。このバイアスは、簡単な思考実験をすれば理解できる。

当初、肺がん患者は100人で、5年生存率は20%(20/100)であったとする。その後、肺がん発生率は25%増加して125例となり、25例の新規症例はすべて過剰診断である。これらの25例は生存統計の分子と分母の両方に加えられる。したがって、治療効果に変化がなければ、結果として5年生存率は36%(45/125)となる。

この思考実験から、台湾人女性における発症率の増加(2004年から2013年にかけて28%増加)が、5年生存率の変化のほぼすべてを説明できることがわかる。

➡この考察に対して議論が多いところかと思います。今回のコホート研究は、台湾女性人口全体の年次データのみから、結果を得ています。CTを行う群とCTを行わない群の二つに分けて、両群の死亡率を比較する無作為化比較試験を行わなければ結論を出すのは早計でしょう。

 

Association of Computed Tomographic Screening Promotion With Lung Cancer Overdiagnosis Among Asian Women

アジア人女性におけるコンピュータ断層撮影によるスクリーニングの推進と肺がんの過剰診断の関連性


JAMA Intern Med. Published online January 18, 2022.

doi:10.1001/jamainternmed.2021.7769

キーポイント

質問: 喫煙率5%未満の集団に肺がん検診を推進した場合、肺がん発生率はどうなるのか?

結果: 台湾女性約1200万人を対象とした、人口ベースの生態学的コホート研究において、肺がん検診を推進することにより、2004年から2018年にかけて早期(ステージ0-I)肺がんの発生率が6倍増加したのに対し、進行期(ステージII-IV)肺がんの発生率には変化がなかった。肺がん死亡率は不変だが、5年生存率は2倍以上の40%に達した。

意味: 大部分が非喫煙者である集団における肺がん検診は、かなりの過剰診断に関連し、擬似的に高い5年生存率に関連していた。

概要

重要性: 多くの先進国で喫煙が減少し続ける中、非喫煙者の肺癌の割合は増加すると思われる。この変化は、より低リスクのグループにまで肺がん検診を拡大する大きな圧力となる可能性がある。

目的: 大部分が非喫煙者である集団において、肺がん発生率と検診推進との関連を明らかにすること。

デザイン、設定、参加者: 人口ベースの生態学的コホートによる病期別肺がん発生率の研究では台湾がん登録を用いて、2004年1月1日から2018年12月31日までに肺がんと診断された女性を特定した。台湾女性の喫煙率は、1980年以降5%未満である。2020年2月13日から2021年11月10日までのデータを解析した。

被検者: 低線量コンピュータ断層撮影(LDCT)による肺がん検診を2000年代初頭に開始した。

主な成果と測定: 病期別肺がん発生率の変化。効果的ながん検診プログラムは、早期がんの発生率を高めるだけでなく、進行がんの発生率も低下させる。

結果: 約1200万人の台湾人女性において、合計57,898人の女性が肺がんと診断された。LDCTスクリーニングの導入後、女性の早期肺がん(ステージ0-I)の発生率は、2004年から2018年にかけて、人口10万人あたり2.3人から14.4人(絶対差、12.1[95%CI、11.3-12.8])と6倍以上増加した。しかし、進行期肺がん(II~IV期)の発生率には変化はなく、10万人あたり18.7人から19.3人(絶対差、0.6[95%CI、ー0.5~1.7])であった。10万人あたり12.1人の早期がんが増えたが、それに伴って進行期癌が減少したわけではないので、事実上、追加検出された癌のすべてが過剰診断となる。死亡率は不変であるが、5年生存率は2004年から2013年にかけて18%から40%へと2倍以上に増加しており、これは間違いなく世界で最も高い肺がん生存率であると言える。

結論と関連性: 今回の人口ベースの生態学的コホート研究では、ほとんどが非喫煙のアジア人女性に対する低線量コンピュータ断層撮影スクリーニングが、肺癌の無視できない過剰診断と関連していることを明らかにした。LDCTによって低悪性度早期肺癌の検出が増加し、5年生存率はバイアスがかかっている。無作為化試験で低リスク群に対する何らかの価値を証明できない限り、LDCTスクリーニングは重喫煙者のみを対象としたままであるべきである。

文責:院長 石本 修 (呼吸器専門医)

 

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