サイレントキラーである大気汚染の問題に取り組む時がきた(Lancet Respir Med誌の論説より)
人間が生き延びる上で、不可欠なものは何でしょうか?
空気と水と食料
の3つがあれば、異常気温でない限り、死ぬことはないでしょう。
それでは、この3つの中では、どれが一番大切でしょうか?
食料がなくても水があれば、数日~1週間程度は生きられます。でも、空気がなければ数分で死んでしまいます。
それほど、大切な空気を我々は大切にしているでしょうか?
水を汚染しても浄化することは可能です。屋内の空気を浄化することはできます。しかし、屋外の空気、つまり大気を汚染すると浄化することは至難の業です。
生きるためには、汚染された大気であっても、ひとたび屋外にでれば体内に入れるしかありません。
大気汚染にさらされると、人間は病気になり、早期死亡につながることをご存知でしょうか。
今回、The Lancet Respiratory Medicine誌の論説のほぼ全文を翻訳し、解説を加えます。
2021年11月、岸田首相も出席したCOP26に向けてのメッセージです。
大気汚染:サイレントキラーに対処する時
Air pollution—time to address the silent killer
The Lancet Respiratory Medicine
Published:October 05, 2021
DOI:https://doi.org/10.1016/S2213-2600(21)00448-3
2021年9月21日、WHOは新しい大気質ガイドラインを発表しました。これは、2005年に発表された前回の報告書を更新するもので、6つの主要な汚染物質(CO、鉛、NO2、O3、PM、SO2)に対する新しい大気質レベルを推奨している。世界の汚染物質の増加が特に予想されており、この新しいレベルを達成するには、世界中の政府から実質的な賛同を得られないと難しいと思われる。
COP26に合わせて、WHOは新しい大気汚染ガイドラインを16年振りに発表しました。詳しい内容までは確認していませんが、かなり厳しい基準となっているようです。
健康を害する最大の環境要因の一つである大気汚染は、毎年、世界で700万人の早期死亡をもたらしている。2017年には、全世界の人口の90%以上が、粒子状物質(PM)2.5の濃度がWHO推奨(2005年)の年間平均値である10μg/m3よりも高い地域に住んでいることが報告されており、同年の全死亡者の12%を占めている。もし2021年のガイドラインが2016年に実施されていたら、WHO欧州地域だけで330万人の死亡を防ぐことが可能だったと推定されている。最新版のガイドラインで提案されているレベルが達成された場合、大気汚染に関連する疾病の負担は80%削減される可能性がある。
大気汚染は病気や死亡の原因になります。大気汚染だけで病気にならなくとも、大気汚染が病気の誘因、引き金となっていることもあるでしょう。それらを全部含めると、毎年700万人の早期死亡につながっているということです。
大気汚染の健康への影響を示す新たな証拠は、その質が高まっているだけでなく、より多くの国が参加し、より多くの低・中所得国(LMIC)が研究に貢献している。大気汚染の害にについては、肺が第一の防御線となります。高濃度の大気汚染物質は、幼少期の肺の発育不良や喘息の発症、気道の炎症、呼吸器感染症の増加、肺機能の低下と関連があることが研究で示されている。汚染物質は、体内で活性酸素種(酸化ストレス)や活性窒素種の生成を引き起こし、炎症、細胞死、ミトコンドリア機能障害などを引き起こす病態を促進する。
大気汚染物質に継続的にさらされると、肺の自然な防御機能が破壊され、肺の損傷や病気につながる。汚染物質によるダメージは肺だけにとどまらず、他の臓器にも直接または間接的なダメージを与えることがある。例えば、急性心筋梗塞と、過去数日または数時間の間に汚染物質の濃度の上昇と関連がある。
大気汚染物質が体内にたどり着く場所は、肺です。ぜん息や肺機能低下と、大気汚染は関係があります。しかし、肺にとどまらず、その他の臓器の病因にもなります。心筋梗塞の発症と、発症前の大気汚染物質濃度が関連があることをご存じでしたでしょうか?(私は知りませんでした)
欧州では、汚染問題に取り組むための措置が取られている。欧州委員会は、欧州が世界初の気候変動に左右されない大陸になることを目指すとする協定(European Green Deal)に合意した。2019年12月に行われたこの取り決めでは、欧州委員会の大気質基準を改定し、2005年のWHOガイドラインにさらに近いものにしました。しかし、新しいWHOガイドラインによると、健康に対して意味のある影響があるレベルまで大気質を改善するには、現在の欧州の基準は十分ではないことが示されている。
おそらく、大気汚染問題についてはヨーロッパがもっとも進んでいると思います。しかし、そのヨーロッパでも新しいWHOガイドラインに基準を達成できないのです。
エビデンスに基づく新しいガイドラインが守られ、法的拘束力を持って初めて、欧州はその目標を達成することができる。大気汚染は先進国と発展途上国の両方に影響を与えるが、健康への悪影響という点ではLMICsの負担が最も大きくなっている。WHOの西太平洋地域と東南アジア地域では、この負担が最も大きくなっている。(中略)
低・中所得国(LMIC)において大気汚染による健康問題が深刻であることを、先進国は知っておく必要があります。
大気汚染と健康の関係について教育し、人々を動かして変化をもたらすような運動は、個人レベルでの決断であれ、政府に設定された基準を満たすよう圧力をかけることであれ、大気の質を改善することで健康を向上させるためにできることを個人が考えることを促す。また、医療機関も意識向上に貢献できる。呼吸器科医は、大気汚染のリスクについて患者を教育する先頭に立つことができる。個人レベルでの取り組みは歓迎すべきであるが、気候変動や大気汚染の問題を大きく解決するためには、政府や企業レベルでの介入が必要である。
健康に対する大気汚染の影響を知っている人は少ないと思います。私も呼吸器科医の端くれとして、伝えていく義務があると思っています。しかし、政府や企業レベルに伝えることは容易ではありません。
COP26を目前に控えたタイミングで、WHOの大気質ガイドラインが発表された。世界のリーダーたちが集うこの機会に、新しいガイドラインが慎重に検討され、大気汚染とそれに伴う呼吸器系の健康被害が健康政策の最重要課題として取り上げられることを期待している。サイレントキラーはもはや無視できない。
COP26で大気汚染と健康被害について話し合われたかは確認していません。CO2と地球温暖化も重要ですが、健康被害の面からも報道してほしいものです。
文責:院長 石本 修 (呼吸器専門医)